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東京地方裁判所 昭和60年(行ウ)38号 判決

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 遠藤雄司

被告 社団法人 全国モーターボート競走会連合会

右代表者理事 笹川良一

右訴訟代理人弁護士 佐藤弘

同 風間克貫

同 三浦雅生

同 畑敬

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告の請求の趣旨

1  被告が昭和六〇年三月一八日原告に対してした同月一九日から向う五か月間出場を停止するとの処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告の本案前の申立て及び請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の申立て

主文同旨

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (原告の身分)

原告は、昭和四二年四月六日モーターボート選手としての登録(登録番号二一〇五号)を受け、同年七月の平和島ボートレース場において初出場して以来約一八年間、三一〇二レースに出場し、総一着数一二四三回、記念レースの優勝も一三回もあるA級選手として、ボートレース界の看板選手である。

2  (本件処分に至る経緯)

(一) 原告は、昭和六〇年二月八日、戸田モーターボート競走場(以下「戸田競走場」という。)で行われたボートレース関東地区選手権に出場したところ、同日、原告の使用していたモーターボートのモーター山城(機関番号六七六一号、登録番号六〇五六号)のオイルシールに切り傷のあることが発見された。

(二) 右事実は、その発見者である整備主任猪俣孝文らによって戸田モーターボート競走制裁審議会(以下「制裁審議会」という。)に報告され、その結果、同日、制裁審議会では、原告を、戸田競艇組合モーターボート競走施行細則(以下「施行細則」という。)六五条一項の規定(整備規程違反)に該当するものとして、戸田競走場に出場することを、昭和六〇年二月九日から一年間停止するとの処分をした。

そして更に、戸田競走場を所轄する社団法人埼玉県モーターボート競走会(以下「県競走会」という。)から、全選手を監督する被告に実情報告がされた。

3  (本件処分の存在)

被告は、昭和六〇年三月一八日、原告に対し、整備規程違反を理由として、同月一九日から向う五か月間出場を停止する旨の懲戒処分(以下「本件処分」という。)をした。

4  (本件処分の違法性)

(一) 本件処分は、原告が本件モーターのオイルシールに傷を付けたものとしてされたものであるところ、左のとおり、原告は本件オイルシールに傷を付けていないのであるから、本件処分は事実を誤認してされたものであって違法である。

(1) 本件オイルシールの傷は、鋭利な数種類の刃物で丁寧に付けられたものであるところ、現在のモーターボートエンジンの性能からすれば、オイルシールにこのような傷を付けてもエンジンの出力、性能に変更を与えることは不可能であるから、選手が故意にオイルシールに不正な加工を加える様な措置をとるはずがないのである。

(2) また、仮に、オイルシールに傷を付けることによって、少しでも出力向上になるとしても、傷を付けておけば終了時の検査で動かない証拠を自ら作ってしまうことになるのであるから、選手がそのような加工を行うことはあり得ないものである。

(3) 現に、原告は、本件のモーターを自分で整備する際には、他の整備員、検査員等が見張っている場で行ったのであるから、この様な加工ができるはずもなく、ましてや数種類の鋭利な刃物を持ち込むことは不可能である。

(4) 戸田競走場においては、本件と全く同じオイルシールの傷による事件が短期間に数件発生しており、しかも、格納中の使用される予定のないモーターのオイルシールに傷が発見された事例もあり、異常というべきである。このことは、選手以外の者が選手を陥し入れるために、故意にモーターのオイルシールに傷を付けたか、又は正常なオイルシールを取り外し、傷のついたオイルシールと取り換えた等が考えられる。

(5) 過去にオイルシールの傷で処分を受けたのは左記の四件だけであり、それも今回の場合の傷とは大分違う。

① 昭和五一年四月一五日 乙山春夫選手

出場停止 四か月

② 昭和五一年四月一五日 丙川夏夫選手

出場停止 四か月

③ 昭和五一年六月三〇日 丁原秋夫選手

出場停止 五か月

④ 昭和五七年九月 八日 戊田冬夫選手

出場停止 五か月

昭和五七年以来、全国のオイルシールの傷付事件は全くない。今回、戸田競走場のみで起きている奇妙な事件である。

以上の事実によると、本件オイルシールの傷を原告が付けたものとしてした本件処分は違法であり取り消されるべきである。

(二) 本件処分理由を選手の悪意によるエンジンへの加工である整備規程違反としたことは違法である。

(1) 原告は、昭和六〇年二月一一日、制裁審議会の前記決定に対し、戸田競艇組合管理者(戸田市長)に対して異議の申立てをしたところ、右管理者は、同月二二日、施行細則六七条の規定により、制裁審議会に対し、原告の異議申立てについて再度審理すべしとの裁定をした。

制裁審議会は、同月二四日、原告の前記異議申立てに対して審理の結果、その処分理由を前回の整備規程違反から使用モーター管理上不注意に修正した。

(2) そこで、被告も当然に、本件処分理由を整備規程違反ではなく使用モーター管理上不注意とすべきである。

しかるに、被告は、本件オイルシールの切損について何ら新たな調査も資料もないまま、右制裁審議会の処分理由を変更し、本件処分理由を整備規程違反としたのは違法である。

5  (訴訟要件の存在)

本件処分に係る出場停止期間は既に満了しているが、原告には本件処分の取消しを求めるにつき次のような法律上の利益がある。すなわち、

(一) 原告の所属する社団法人日本モーターボート選手会(以下「選手会」という。)の定める「会員数適正化に関する規程」によると、選手が「整備規程に違反し、選手、審判員及び検査員褒賞懲戒規程第二条の規定に基づく褒賞懲戒審議会において出場停止処分を受けた者で、その停止期間が合算して六ヶ月以上となった者」(二条一号)に対しては、会長は理事会の承認を得て退職の勧告を行い(三条)、これに従わない会員に対しては、会長は総会の議決を得て除名する(四条)こととされているところ、原告は既に、昭和五七年三月二七日に福岡で出場停止五か月の処分を受けており、本件処分による出場停止期間五か月を加えると、合計一〇か月となるので、右要件に該当し、退職勧告及び除名がされることとなる。

(二) 原告は、除名されると、会員共済規程の適用を受けられなくなり、傷病給付金(一五条)、結婚(三五条)、分娩(二六条)、罹災(三七条)、遺族(三八条)等の各給付金及び会員の福祉の増進のための資金の貸付け等の利益がうけられなくなるばかりでなく、同会から退職金の給付も受けられないこととなる(三三条一号)。

(三) したがって、原告は、出場停止の期間は満了したが、本件処分が存在する限り、不利益な退職勧告から除名に至る処分を受け、更には、退職金を受領できない不利益まで受けるのであるから、これはまさに、事実上の不利益に止まらず、法律上の不利益と言うべきであり、原告は、本件処分の取消しを求める法律上の利益を有するのである。

6  (結論)

よって、原告は、被告に対し、本件処分の取消しを求める。

二  被告の本案前の申立ての理由

1  原告が、本訴請求において取消しを求めている本件処分は、その出場停止期間満了日である昭和六〇年八月一八日の経過により行政処分としての効力は消滅した。したがって、本件訴えは、取消しを求むべき対象がなくなったという意味で、原告には「当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益」(行政事件訴訟法九条)がないことから、本件訴えは不適法として却下されるべきである。

2  これに対して、原告は、本件訴えには「処分の効果が期間の経過その他の理由によりなくなった後においてもなお回復すべき法律上の利益」(行政事件訴訟法九条括弧書き)があると主張し、右回復すべき「法律上の利益」とは、本件処分を受けたことを理由に選手会からなされるであろう除名(後記のように、原告は昭和六〇年九月一八日に既に選手会から除名されている。)により失う、①選手会の共済規程に基づく傷病給付金、結婚・分娩・罹災・遺族等の各給付金及び会員の福祉の増進のための資金の貸付け等の利益と②選手会に対する退職金請求権である、とする。

3  しかし、原告の主張する右①、②の利益を失うということは、原告も「右除名処分を受けると」と主張するように、本件処分の法的効果ではなく、選手会が行う原告に対する除名の法的効果である。原告は、選手会の除名が本件処分を前提としたものであることを理由に、右除名により原告の被る不利益はすなわち本件処分による不利益であると理解するようであるが、これは本件処分と除名が被告と選手会という別個独立の法主体により、全く異なる手続に基づいてされる法的性格の異なった行為であることを看過して各行為の法的効果を混同したもので、誤りである。

すなわち、被告はモーターボート競走法(以下「競走法」という。)二二条一項に基づき民法三四条の規定により設立された社団法人であるが、モーターボート競走の公正かつ円滑な実施を図ることを目的として、競走法二二条二項の各号に定められた公的業務を行うものとされている。これに対して、選手会は競走法に基づき被告に登録されたモーターボート選手を会員とする通常の民法上の社団法人であり、その目的とするところは、会員の技能、競技技術の向上並びに競走出場に関する適正な条件の確保及び福祉厚生を図る等してモーターボート競走の健全な発展に寄与することにある。したがって、本件処分は、競走法一六条によって被告に付与された懲戒権限に基づき、モーターボート競走法施行規則二二条により運輸大臣の認可を得た「選手、審判員及び検査員褒賞懲戒規程」(昭和三四年二月二七日認可舶監第三六号、以下「懲戒規程」という。)の定める手続に従って行われた処分であり、その法的性格は選手の「登録」という競走法により認められたモーターボート競走に出場しうる一般的資格に一定の期間制約を加える行政処分である。これに対して、原告の主張する選手会の除名は、選手会という団体内において会員が団体の自治規定に違反したことに対して下す団体の会員たる資格を失わしめる制裁であり、その法的性格はいかなる団体にも通常認められている団体の自治権に基づく統制処分である。

4  かように、原告の主張する選手会の除名は、本件処分とは別個独立の選手会による新たな行為であり、原告の主張する「回復すべき法律上の利益」とは本件処分によって失われたものではなく、右除名により失われた利益である。

確かに、選手会の定める「会員数適正化に関する規程」の二条(1)、三条及び四条の規定の仕方は、本件処分を契機として、退職勧告及び除名へと手続が進む形になっている。しかし、退職勧告は本件処分があれば選手会において自動的にされるものではなく、選手会の理事会の承認があって初めて行うことができるのであって(右規程三条)、本件処分によって法律上当然かつ確定的に生ずる不利益ではない(最高裁昭和五五年一一月二五日第三小法廷判決・民集三四巻六号七八一頁)。また、選手会の除名に至っては、原告が選手会会長による退職勧告に従わなかったという本件処分とは別個の事実に由来するもの(右規程四条)であって、本件処分により当然かつ直接的に招来されるものではないから、本件処分を取り消したからといってこれにより回復される利益ではない(最高裁昭和四〇年七月一四日大法廷判決・民集一九巻五号一一九八頁)。

さらに翻って、原告の主張する選手会の除名は、後記のとおり昭和六〇年九月一八日に既になされているのであるから、右除名により原告の被ることあるべき不利益は、右除名の効力を争う民事訴訟によって直截に回復可能な不利益であって、この意味においても原告には本件処分の取消しを求めるについて法律上の利益はないといわざるを得ない。

よって、本件訴えは却下されるべきである。

5  なお、原告は、昭和六〇年七月六日の選手会会長による退職勧告に従わなかったことから、選手会定款三〇条二号に該当するものとして、同年九月一八日に開催された選手会総会において除名を決議され選手会から除名されている。

三  被告の本案前の申立ての理由に対する原告の認否

被告の本案前の申立ての理由のうち、本件処分の出場停止期間は、既に満了したこと、原告は選手会からの退会勧告に従わず、昭和六〇年九月一九日同会から除名されたことは認め、その余の主張は争う。

四  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1のうち、原告がボートレース界の看板選手であることは争うが、その余の事実は認める(但し、原告の初出場が昭和四二年七月であるとの主張は、同年五月の誤りである。)。

2  同2の(一)の事実は認める。(二)のうち、オイルシールに切り傷のあった事実が整備主任猪俣孝文らによって制裁審議会に報告されたとの点を除き、その余の事実は認める。

右事実は、正確には発見者である整備主任猪俣孝文らから検査員に報告され、検査員の調査の後、その調査結果とあわせて競技委員長を経て執行委員長(右制裁審議会の会長を務める)に報告され、右審議会が開かれたものである。

3  同3の事実は認める。

4  同4の(一)の冒頭の主張は争う。(1)のうち本件オイルシールの傷が鋭利な刃物で付けられたものであることは認め、数種類の刃物で丁寧に付けられたものであることは知らない、その余の事実は否認し、主張は争う。(2)の主張は争う。(3)のうち原告がモーターを自分で整備するに際しては、他の整備員検査員等が見張っている場所で行ったとの事実は否認し、その余の主張は争う。(4)のうち、格納中の使用される予定のないモーターに傷が発見された事例があることは認めるが、その余の主張は争う。(5)のうち原告主張の四件の事案が、いずれもオイルシールに傷をつけたことが理由で処分されたものであること及びその処分年月日と処分内容は原告主張のとおりであることは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。原告の指摘された事案のほかに、昭和五九年三月二一日に己海松夫選手がテールキャップオイルシールの一部欠損とスプリングの変形が理由で二か月の出場停止処分に処せられている。(二)の冒頭の主張は争う。(1)の事実は認める。なお、原告の主張している「整備規程違反」、「使用モーター管理上不注意」という言葉は慣行上使われているものに過ぎず、処分の適条はいずれも施行細則六五条一項で変更はない。(2)の主張は争う。

5  同5の主張は争う。

五  被告の主張

1  加工された本件オイルシール発見前後の経緯

(一) 昭和六〇年二月六日(本件競走の前検日)

(1) 本件競走は、昭和六〇年二月七日が初日であるが、原告を含む参加選手四八名はその前日の二月六日午前九時四五分までに戸田競走場管理棟一階にある医務室で身体検査を終えて、同棟二階にある男子選手控室に集合した。まず、検査済の戸田競艇組合所有の四八のボート及びモーター(いずれもヤマト発動機株式会社製作にかかるヤマト一〇一型)の抽選が行われ、原告はモーター山城(機関番号六七六一、登録番号六〇五六、以下「本件モーター」という)を引き当てた。ついで、植松己代三執行委員長らより競技上の各種注意事項の説明がなされ、その後、浅見徳一検査委員から整備規程の厳守等整備を行ううえで遵守しなければならない事項について細かく具体的な指示がなされた。

(2) その後、選手は皆一階に下りてモーター格納庫から、各自抽選で割り当てられたモーターを整備室に運びだして、所定の点検確認を行ったうえでモーターを受領し、分解されている箇所を組み立て整備を行った。

原告も、他の選手と同様に本件モーターを整備室に持ち出して、直ちに①外装、②気化器、③リードバルブ、④ギヤーオイル、⑤水穴(パワーユニット、キャリボディ)、⑥シリンダー、⑦プロペラの七項目について点検し異常のないことを確認してこれを受領し、分解されている箇所の組み立てを行った。

そして、原告は、整備室で本件モーターのリードバルブ等の整備を行い、ギヤケース内にギヤオイルを自ら注入したうえ、装着場でボートに装着し競走水面で試運転を行った。

(3) この後、前検として四八名の参加選手を六名一組で八班に分けて、一班ごとに各自割り当てられたモーターボートで競走水面を全速力で一周回させその時間を計るというタイム測定を行い、それが終わると今度は一班ごとにスタート練習を各班五回行い、その後、ボート及びモーターを陸に上げ、約一時間程度の間に選手各自が整備室でモーターの整備を行った。

モーターの整備の終わった選手は、各自モーターをモーター格納庫にしまい、二階の選系控室に集まった。

全部のモーターが格納庫に納まると、安藤良治管理委員が全基格納されているのを確認したうえで、前原伸光検査委員及び別府正博整備委員、石井辰也参加選手代表立ち合いの下にシャッターを閉めて施錠し、鍵穴部分を紙で封印した。

(4) 参加選手四八名全員が整備を終えて選手控室に集合すると、安藤管理委員から選手宿舎での生活に関する諸注意の説明がなされ、午後三時ころ、選手全員は安藤管理委員の引率で選手宿舎へ向かった。

(二) 二月七日(本件競走第一日目)

(1) 原告を含む参加選手全員は、安藤管理委員の引率で選手宿舎を出発し、選手控室に午前九時頃到着した。

検査委員からレースに関する注意事項の説明が五分程された後、選手は一階に下りて各自モーター格納庫(シャッターは安藤管理委員が開けてある)から自己のモーターを整備室に運びだし整備をしたり、ボートに装着して試運転を行った。

(2) 原告も他の選手と同様に、モーター格納庫から本件モーターを整備室に運び出して、整備を行った。

そして、原告は、午前一〇時頃、検査委員にモーター分解の際に提出が義務づけられている所定の分解伝票に必要事項を記入して提出し、本件モーター本体からギヤケースをはずしそれからプロペラをはずした状態で、沖山勝蔵整備士(整備委員、以下同じ)に対し、「シム調整はいいから、ガラガラにしてくれ」と言ってギヤケースを渡して整備を依頼した。沖山整備士は前原検査委員にそのギヤケース内のオイルを抜いてもらい、洗浄室で約一分かけて洗油をギヤケース内に流し込んでこれを洗浄したのち前原検査委員に渡した。これを受け取った前原検査委員はギヤケース内に規定量のギヤオイルを注入した後、原告が整備室内に見当たらなかったため、このギヤケースを本件モーターを置いた原告のモーター架台(モーターを運んだり、整備したりするために使用される可動性の置き台)のうえに置いた。

(3) 原告は自分のモーター架台のところに戻ってくると、ギヤオイルを抜くときは検査委員の許可を受けて所定の場所でしなければならないのに、勝手に前原検査委員が注入したばかりのギヤオイルを作業台の上にあった洗油用の容器の中に捨ててしまった。それを見ていた前原検査委員は驚き、原告に対し厳しく注意したが、原告はまだ整備が終わっていないと思った等と弁解し、そのギヤケースを持って整備員室に行き、整備士は何をやっているのかと整備士の整備の仕方に文句を言った。先に整備を依頼された沖山整備士は整備を終えオイルもいれたギヤケースについて、原告が勝手にオイルを捨ててしまったことを知ると、洗浄も終わり検査委員がギヤオイルを注入したのに何故それを勝手に抜いたのかと原告に注意するとともに、直ちに検査委員のところに行ってギヤオイルを再度入れてもらうよう申し向けた。

(4) しかし、原告はすぐには検査委員のところに行かず、ギヤケースをもって洗浄室にはいり、再びギヤケース内を洗浄しプロペラシャフトにスターターロープを巻きつけて数回回転させる等の作業を少なくとも一〇分以上にわたって繰り返していた。

その後、原告は前原検査委員のところヘギヤケースを持参し、再度ギヤオイルを注入してもらった。

(5) その後、原告は本件モーターを装着場でボートに装着して、競走水面で試運転等を行うなどして、午後一時四〇分ころ第六レースに出走して一着となり、さらに午後三時五〇分ころ第一〇レースにも出走して三着となった。

なお、この日、原告は第六レース出走前に猪俣孝文整備土(整備委員、以下同じ)に対し、明日、本件モーターのギヤケースの分解整備を行うよう依頼している。

(6) 選手は、レース終了後モーターの調子によって整備室で整備を行い、整備が終わると各自モーター格納庫にモーターを納め、二階の選手控室に集合した。モーター格納庫は、最終レース(この日は一一レース)終了後、昨日と同様に、全基が格納されているのを安藤管理委員が確認し、前原検査委員及び別府整備委員、若女井正参加選手代表立ち合いのもとで、シャッターを閉め施錠し、鍵穴を紙で封印した。

(7) 選手控室に集合した原告を含む選手全員は、安藤管理委員の引率にしたがい、午後四時二〇分ごろ競走場を出発し選手宿舎に向かった。

(三) 二月八日(本件競走第二日目)

(1) 昨日と同様に、原告を含む選手全員は、安藤管理委員の引率にしたがって選手宿舎を出発し、午前九時頃選手控室に集合した。そして、検査委員から簡単にレース進行上の注意を受けたのち、各自、一階に下りてモーター格納庫(すでに安藤管理委員が施錠を解いてシヤッターを開けてある)からモーターを整備室に運び出し、整備を始めた。

(2) 原告は、午前一〇時五分頃、ギヤケースをモーター本体から取り外すには、事前に検査委員に分解伝票を提出しなければいけないにもかかわらず、事前に分解伝票を提出することなくこれを勝手に取り外し、整備室内を巡回していた前原検査委員に対し、ギヤケースを示してギヤケース内のオイルが乳化(オイルに水が混じり白濁化する現象、以下同じ)している旨異常を告げた。

前原検査委員は、原告からギヤケースを受け取り上からオイルの色を見るべく覗いたところ、確かに乳化が認められたことから、直ちにギヤケース内のオイルをピーカーに移しかえたうえ、ギヤケースを原告に戻して整備士に持って行くよう指示した。

(3) 原告は、再びギヤケースを受け取ると、昨日分解を依頼していた猪俣整備士のところに持っていき、検査委員に抜いてもらったオイルが乳化していたことを告げて、整備を依頼した。

猪俣整備士は、ギヤケースを受け取り、まずプロペラシャフトからオイルシール止め栓をはずして本件オイルシールをみると傷がついているのを発見したので、直ちにそのまま前原検査委員のところへ持っていき、本件オイルシールに傷のついていることを報告した。前原検査委員は、シャフトについた本件オイルシールを覗いたところ、確かに傷のついていることがわかったので、猪俣整備士に対し、本件オイルシールをシャフトからはずして本件オイルシールのみを持ってくるよう指示した。

(4) 前原検査委員は、猪俣整備士が本件オイルシールをシャフトからはずして持ってくると、検査室内で猪俣整備士及び川上検査委員とともに本件オイルシールを検査したところ、本件オイルシールに人為的につけられた傷のあることを確認した。

そこで、前原検査委員は検査室に原告を呼び、本件オイルシールの傷を見せたうえで、どうしてこのような傷がついたのか原告から事情を聴取した。

(5) 原告は前原検査委員の事情聴取に対し、自分はすでに整備規定違反を理由に五か月の出場停止処分を受けているので、あと一か月でも出場停止になれば選手会のきまりで選手をやめなければならなくなるとして、今回は何とかビニールのひもが巻きついたくらいにしておいて欲しい、と懇願した。前原検査委員は、この原告の弁解に対し、ビニールのひもが巻きついたくらいでつく傷ではないとして、さらに傷の原因について詰問したが、原告は何とかしてくれと懇願を繰り返すのみであった。

前原検査委員は、やむなく原告に対し、競走会としても放置しておく訳にはいかないので、競技委員長に報告するとして、一応事情聴取は打ち切った。

(6) 早速、前原検査委員は、諸橋競技委員長に対し、本件オイルシールを見せて発見の経緯を報告したところ、同競技委員長はその傷を確認したうえ整備規程違反としてとりあげるので、原告に供述書を書かせるように前原検査委員に指示した。前原検査委員は直ちに、原告に本件オイルシールについた傷についての供述書を書くように指示した。

他方、諸橋競技委員長は、関執行副委員長を通じて植松執行委員長に本件オイルシールに傷がつけられていた件を報告し協議した結果、同執行委員長は、とりあえずこの日の原告出場予定の第九レースの出場を停止する旨決定した。

(7) そして、この日の最終レースが終了したのち、執行委員全員で構成される制裁審議会が開かれ、原告の弁解を聞いたうえで審議がされた結果、原告に対し、本件オイルシール加工の事実は施行細則六五条一項に該当するとして、昭和六〇年二月九日から向う一年間戸田競走場に出場することを停止する処分を行った。

その後、原告から右処分に対する異議の申立てがあり、制裁審議会は再度審理したが、昭和六〇年二月二四日原告に対して、本件オイルシールの傷は原告の行為によるものと確認することはできないが、原告にモーターの管理・点検姿勢についての責任があるとして、一年間の出場停止処分という結論は変わらないという決定を下した。

なお、原告は、右制裁審議会において、本件オイルシールの傷は、原告が二月七日(本件競走初日)朝の試運転をしたときにビニール状のひもがプロペラにまきつきオイルシール止め栓の中に入ったので、ピット(モーターボートの発着所)でプロペラをはずしプライヤーでひっぱりだした際についた傷としか考えられないと弁解している。

2  本件処分に至る経緯

(一) 被告は、昭和六〇年二月八日県競走会から原告の整備規程違反容疑の連絡を受けると、直ちに懲戒規程一三条に定める選手の懲戒事由に該当する事実の有無について、原告を含む関係者から事情を聴取した。

その結果、先に述べた事実経過に加えて、次の事実が判明した。

(1) 本件オイルシールは、昭和五九年一〇月三一日に、原告が新品と交換して以来、原告の他富田春二選手ら合計七各の選手が七節にわたって使用しているが、この間異常は発見されず、本件競走においても、前検日(二月六日)に原告が注入したギヤケース内のオイルは、前述した試運転、タイム測定、スタート練習を経過したが乳化せず異常はなかった。

(2) 原告は、前述したように本件オイルシールの傷の原因について、戸田モーターボート競走制裁審議会では、二月七日朝の試運転中にプロペラに巻きついたビニール状のひもをピットでプライヤーを使用して引っ張りだした際についたものと弁解していたのが、被告の事情聴取に対しては、ビニール状のひもをまきつけたのは二月七日の第六レース終了後の試運転であると弁解を変え、更には、本件オイルシールの傷はビニール状のひもによるものではありえないと供述するに至った。

(3) 原告が弁解として述べていた、ビニール状のひもを引っ張りだしたという二月七日の試運転時又は同日の第六レース終了後の試運転時に、ピット上の選手の監視をしていた競技本部詰めの進行係(検査委員)も他の選手も、原告が述べるような作業をピット上で原告が行っていたことを現認していないし、原告は競走水面にビニール状のひもが浮遊していたことを検査委員に報告もしていない。

(二) 本件オイルシールの傷が通常のモーターボートの航走によりつくものではなく、人為的に加工が加えられたものであることは原告も認めていたことであり、問題は加工を加えたのは誰かということである。そこで、まず加工が加えられた時期の特定をする必要がある。

ギヤケースの役割は、パワーユニット(エンジン部分)で作られた動力をドライブシャフトから受け、その伝達方向を二枚のギヤのはたらきで九〇度変換してプロペラシャフトを通じてプロペラに伝えることにある。ギヤケース内には、規定量(一七〇cc以上)のギヤオイルが充填され、これにより、二枚のギヤの接触面が潤滑になり摩擦熱の発生を防ぐとともに、発生した熱を吸収する。

ギヤケースは、モーターボート航走時においては水面下に沈む。ギヤケースオイルシールは、プロペラシャフトがギヤケース本体から外にでる部分の本体内側に取り付けられており、ギヤケース内のオイルが外部に漏れないようにするとともに、外から水及び浮遊物がギヤケース内に入らないようにする役目をしている。そのため、オイルシール本体は硬質のゴムでリング状に作られ、中にはスプリングが填められていてスプリングの力でオイルシール本体をプロペラシャフトに締めつける働きをしている。オイルシール本体の内側部分(プロペラシャフトに接する部分――リップという)は、オイルシール本体のゴムがプロペラシャフトをぴったりと緊縛してしまうと、プロプラシャフトの回転を著しく妨げモーターボートの航走能力を落としてしまうので、薄く柔らかいゴムで作られている。

(三) こうした構造から、オイルシールのプロペラシャフトに対する緊縛力を弱めてプロペラシャフトの回転をより円滑にすることにより、モーターボートの航走能力を向上させようとして、選手は、オイルシールに傷をつけたり、オイルシール内側のプロペラシャフトに接する本体部分の当たり面をやすりでみがいたりするという不正をしばしば行う訳である。また、こうしてオイルシールに傷をつけてプロプラシャフトに対する緊縛力を弱めると、ギヤケース内に水が侵入しオイルと混ざりあいオイルの有する粘性を弱め、それだけギヤケース内の摩擦が少なくなりプロペラシャフトの回転数が増すという効果もある。

(四) ところで、オイルは水と混じりあうと乳化して白く濁るという性質がある。したがって、オイルが乳化するということは、オイルシールに何らかの異常があることの徴憑となる。

本件オイルシールの場合、先に述べたように昭和五九年一〇月三一日に新品に交換されて以来七節間に使用されているが、その間異常はなくかつ原告が本件競走の前検日に注入したギヤオイルも試運転、タイム測定、スタート練習を経過したが乳化せず異常はなかった。ところが、二月七日朝に本件モーターのギヤケース内に注入されたオイルは、前述した経緯で二月七日の第六レース及び第一〇レースを経過して、翌二月八日朝には乳化している。

また、ギヤケース内に水が侵入しオイルが乳化するのは、必ずしもオイルシールに異常がある場合には限られないが、この点については、原告の要望もあって、被告は、昭和六〇年三月六日、戸田競走場において、加工を加えられた本件オイルシールをオイルシール部分以外に水の侵入があり得ないように十分に整備したギヤケースに装着したモーターを使用して、原告に本件競走の前検日にギヤオイル注入後に乗艇した時間だけ実際に競走水面を乗艇してもらう実験をしたところ、ギヤオイルは乳化した。

これらの事実からすれば、本件オイルシールに加工が加えられたのは、原告が本件競走において本件モーターの割当てを受けてこれを受領した以後であり、最も疑いの濃いのは二月七日、前検日に注入したオイルを抜いた時点から再度原告が前原検査委員にオイルを注入してもらうまでの間である(本件オイルシールに加工を加えるのは、オイルが抜かれてギヤケース内にオイルのない状態のときが最もやりやすいと考えられるからである。)。

(五) そこで、原告が本件競走の前検日に本件モーターを受領してから、本件オイルシールに加工を加えられる者であるが、可能性の問題としては原告のほかに、他の選手及び検査委員、整備士が考えられる。競走場の選手控室、選手待機所、ボート及びモーターの格納庫、モーター整備室、燃料貯蔵庫、検査室等は、選手及び競走関係職員以外の立ち入りは厳禁されており(競走細則五九条)、実際に本件モーターの整備が行われた整備室近辺は右に述べた者以外は立ち入れなかったからである。

本件競走当時、戸田競走場では検査委員五名、整備士一〇名の体制でボート及びモーターの整備、検査を行っていた。検査委員五名のうち、一名は競技本部に進行係として詰め、一名はピット係で、残りの三名が整備室担当として、手分けして整備室内を巡回したり出走前検査を行う。また、整備士一〇名の内、一名は整備長として整備士全員を統括し、二名が部品庫に、一名が電装室にそれぞれ詰め、残りの六名が三名ずつで班を組み、一班当たり二四名の出場選手のモーターの整備を手伝っていた。先に説明したように、本件競走のように特別競走では通常の競走より出場選手が多いうえに、選抜きの選手だけにモーターの整備も熱心でこれらの世話する整備士は大変忙しく、またそうした選手の整備状況を監視していなければならない検査委員も大変忙しい状況にあった。

したがって、検査委員及び整備士が本件オイルシールに加工を加えるということは、何の利益にもならず動機の点から考えられないだけでなく、時間的に到底不可能である。また、他の選手についても、本件オイルシールに加工を加えることは何の得にもならず、かつ、検査委員の監視のもとで原告の使用する本件モーターに近ずくこと自体不審に思われるし、実際にそのような不審な行動をとった選手もいない。

(六) したがって、本件オイルシールに加工を加えられる可能性のある者は、原告以外にないことになる。ところで、原告にはこうした可能性の観点からだけではなく、より積極的に原告が本件オイルシールに加工したと推認されるに十分な不可解な行動がある。

すなわち、前記のように本件オイルシールに加工が加えられた時期として最も疑わしい時期は、二月七日の朝、原告が前検日に入れたオイルを前原検査委員に抜いてもらった以後であるが、そのころ原告は、1(二)(3)のとおり、沖山整備士が洗浄を終えた本件モーターのギヤケースに前原検査委員が新たに注入したオイルを検査委員の許可も受けずに作業台の上に置いてあった洗油用の容器に捨てている。原告は、この点について被告の事情聴取に対し、まだ整備が終わっていないと思ってギヤケースを手にとるとオイルがこぼれたので、残ったオイルもこぼした旨、弁解に努めている。しかし、仮に原告のいうようにオイルの一部をこぼしたにしても、残りのオイルを捨てるについて何故検査委員に申し出なかったのかの弁解にはなっておらず、しかも原告がギヤケースを手にとるや最初から洗油用の容器に捨てているところを検査委員が現認しており、原告のギヤケースを手にとるとオイルがこぼれた旨の原告の弁解自体が虚偽であるといわざるを得ない。さらに、その後、原告はギヤケースの洗浄をすると称してギヤケースをもって洗浄室に入ったが、通常、ギヤケースの洗浄は一~二分もあれば充分であるのに、このとき少なくとも一〇分以上もの間、検査室からは奥が死角となる洗浄室内にこもって何やら作業をしている。

また、本件オイルシールの傷が発見された直後、原告は試運転のときにビニール状のひもがプロペラに巻きつきピット上でそれをプライヤーで引っ張った際についた傷である旨弁解したが、その弁解内容が被告の事情聴取にあたって変転したのは、前記のとおりである。競走水面は、何か浮遊物があると高速で航走するモーターボートのプロペラにまきつき思わぬ事故になりかねず、事故にまで至らなくとも航走能力が落ちて高い着順がとれなくなることから、選手は一般に競走水面の汚れに神経をとがらせており、競走の運営をつかさどる競走会も競走水面の清掃には力をいれている。したがって、真実、原告が試運転中にビニール状のひもをプロペラにまきつけたとすれば、ピットにいる検査委員にその旨報告するなり、文句をつけるのが通常であり、報告も何もせずに自分でプロペラを取り外してプライヤーで引き抜いてすましたなどということは到底信じ難いことである。前記のように、競技本部からピット上の監視をしていた検査委員(進行係)も他の選手も誰も原告が述べるような作業をしていたところを見ていないことからして、原告の弁解そのものが虚偽のものと言わざるを得ない。なお、本件処分後のことであるが、原告は原告の事情聴取にあたった被告職員に対し、右弁解は虚偽であったことを告白している。

(七) これまで述べてきたように、本件オイルシールに加工が加えられた時期と本件オイルシールの傷により利益を得るのは原告以外にいないこと、時間的に見ても原告以外に加工を加えることができた者はいないこと、本件オイルシールに加工が加えられたと思われる最も疑わしい時期に原告は極めて不可解な行動をとっていること、また右不可解な行動についての弁解自体が虚偽であること、本件オイルシールの傷の原因に関する原告の弁解が虚偽の事実に基づいていること等の事実を総合的に判断すれば、本件オイルシールを加工したのは原告であることは明らかである。

かような経緯で、被告が原告に対する懲戒に関し諮問した第一四一回褒賞懲戒審議会は昭和六〇年三月一三日、同月一八日の両日にわたって審議した結果、本件オイルシールの加工は原告の行為によるものと判断し、原告がかつて整備規程違反で二度、競走規程違反で一度出場停止処分に付せられていることをも考慮にいれて、五か月の出場停止処分が相当との答申を被告会長笹川良一に答申したものであり、被告は右答申にしたがい原告に対し、本件処分を行ったものである。

3  結語

右のとおり、本件処分はその手続及び内容のいずれをとっても、適法かつ妥当なものであり、取消しを求められるような瑕疵は全くない。

原告は、本件競走以後、類似の案件が戸田競走場において短期間に数件発生していることが異常であるとしているが、これはそれまでモーターの貸出し及び返納の際にオイルシール自体は検査の対象となっていなかったのが、本件発生以後、戸田競走場ではオイルシールに対する検査も厳格に行うようになった結果にすぎず、原告が主張されるような意味での異常な現象ではない。

また、原告は、制裁審議会が処分事由を修正したにもかかわらず、被告が右事由を変更したと非難しているが、選手に対する施行者等の行う処分と被告の行う処分は主体も目的も効果も異なる全く別個の処分であり、施行者等の行った処分に被告が拘束されるという関係にはない。ましてや、前記のとおり被告は、本件処分を行うにあたって独自に原告を含む関係者の事情聴取、航走実験等を行ったうえで確信をもって本件処分を行ったもので原告の非難は失当といわざるを得ない。

六  被告の主張に対する原告の認否

被告の主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  原告は昭和四二年四月六日被告の登録(登録番号二一〇五号)を受けたモーターボート選手であること及び被告は昭和六〇年三月一八日原告に対し同月一九日から向う五か月間出場を停止するという本件処分をしたことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告が本件処分の取消しを求める法律上の利益を有するか否かについて判断する。

本件処分に係る五か月間の出場停止期間が同年八月一八日の経過をもって満了したことは、当事者間に争いがなく、右事実によれば、本件処分自体の効果は右期間の満了をもって既に消滅したものというべきである。

ところで、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)は、処分の取消しの訴えは、処分の効果が期間の経過その他の理由により消滅した後においてもなお処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を有する者はこれを提起することができる(九条)と規定しているところ、原告は、本件処分自体の効力は期間の経過により消滅しても、本件処分に基づいて選手会から除名されることとなり、そのため同選手会の共済規程に基づく傷病給付金、結婚・分娩・罹災・遺族等の各給付金及び会員の福祉増進のための資金の貸付け等の利益並びに同選手会に対する退職金請求権を失うことになるので、原告はなお、本件処分の取消しによって回復すべき法律上の利益があると主張する。

1  そこで、まず、本件処分の性質及び効果についてみると、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。被告は、モーターボート競走の公正かつ円滑な実施を図ることを目的として、民法三四条により設立された法人である(競走法二二条)ところ、モーターボート競走に出場する選手は被告に登録された者でなければならず(同法六条一項)、被告はこれらの選手に対し監督権を有している。そして、右監督権の一環として、被告は、競走の公正且つ安全な実施を確保するため必要があると認めるときは、選手の出場停止の処分をすることができ(同法一六条)、本件処分は、同条に基づいて被告が制定し、モーターボート競走法施行規則(以下「施行規則」という。)二二条二項による運輸大臣の認可を受けた懲戒規程一三条三号に基づいてされた懲戒処分である。選手は、被告のあっせん(競走法二二条二項二号)により、各競争ごとに各施行者(都道府県及び自治大臣の指定する市町村、同法二条)との間で出場契約を締結して出場することとされているが、出場停止処分がされると、被告は出場停止期間中はあっせんを行わないこととされている(「選手出場あっせん規程」(昭和三四年二月二七日認可舶監第三六号)七条二号)ため、右期間中、当該選手は全国いずれの競走場のモーターボート競走にも出場できなくなる。なお、被告は、選手が一年を通じ競走成績が優秀であるなど一定の事由に該当するときは、当該選手を褒賞することとされている(懲戒規程九条一項)が、右選手が褒賞を受くべき日から起算して過去一年以内に出場停止処分を受けたときは褒賞しないものとされている(同条二項)。以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はなく、また、このほかに、競走法及び同法関係法規中において、出場停止処分の法的効果を定めた規定又は右処分の存在をもって他の処分の加重要件とする旨の規定は存しない。

2  次に、選手会及び同会の行う除名の性質についてみると、《証拠省略》を総合すると、選手会は、会員の技能、競技技術の向上並びに競走出場に関する適正な条件の確保及び福祉厚生を図り、もってモーターボート競走の健全な発展に寄与することを目的として設立され(選手会定款一条)、被告に登録された選手によって構成される(同定款五条)、民法上の社団法人であるが、同会は、その事業の一環として、選手の災害補償、退職金等共済制度を実施する(同定款四条三号)こととしており、右規定に基づいて定められた「会員共済規程」において、傷病による給付金(一五条ないし三一条)、結婚(三五条)、分娩(二六条)、罹災(三七条)、遺族(三八条)等の各給付金の支給及び会員の福祉の増進のための資金の貸付け等(四四条)のほか、会員が資格を喪失したときには退職金を支給する(三二条)こととしているが、右退職金は定款七条二号により除名された者には支給しないこととされている(三三条一号)ことが認められ、右認定に反する証拠はない。

また、《証拠省略》によると、選手会の会員の除名手続は、定款において、会長は、会員であって競走法又はこれに基づく命令、規則又は処分に違反した者、本会の定款諸規定及び機関の議決に違反する行為があった者、本会の規律を乱した者、又は選手としての本分にもとる行為があった者などに該当すると認めたときは、事故防止対策委員会に諮問しなければならないものであり(三〇条)、右委員会は、諮問を受けたときは、速やかにその意見を具申し、会長は右意見により必要な処置をしなければならず(三一条一項)、右処置が除名の場合には、総会に諮かり、出席会員の三分の二以上の同意による議決を得なければならない(同条二項、三項)と定められていること、選手会の定める「会員数適正化に関する規程」において、会員のうち整備規程に違反し懲戒規程二条の規定に基づく褒賞懲戒審議会において出場停止処分を受けた者で、その停止期間が合算して六か月以上になった者(二条一号)に対しては、会長は、理事会の承認を得て退職の勧告を行い(三条)、右退職勧告に従わない会員に対しては、総会の議決を得て除名する(四条)ことと定められていること、原告は、昭和五七年五月二二日整備規程違反により五か月の出場停止処分を受けており、本件処分の出場停止期間五か月と合算してその出場停止期間が合計一〇か月となるため、右会員数適正化に関する規程二条一号に該当することとなったこと、そこで、選手会の会長は、昭和六〇年第七回理事会の承認を得たうえ、同年七月一〇日付で原告に退職勧告をしたが、原告が右退職勧告に従わなかったため、同会長は、昭和六〇年度臨時総会において議決を得て、同年九月一八日をもって原告を除名する旨を通知したこと(原告が除名されたことは、当事者間に争いがない。)、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

3  右認定事実によれば、本件処分は、競走法により設立された公益法人である被告が、同法一六条の規定及び被告が制定し同法施行規則二二条により運輸大臣が認可した懲戒規程一三条の規定に基づいて、選手に対する監督権の発動としてした行政処分の性質を有するものであって、選手に対して一定期間モーターボート競走への出場を停止するという効果を有するものである。他方、本件除名は、選手を構成員として設立された民法上の社団法人である選手会が、その自治規範である「会員数適正化に関する規程」に基づいて、団体の自治権能の発動としてした会員たる資格を喪失させるという効果を有する私法上の行為である。そうすると、本件除名は、本件処分とは別個独立の法主体により独自の決定手続を経てされる法的性質を全く異にする行為であるといわなければならないから、たとえ本件処分がされたために原告が選手会の会長から退職勧告を受け、ひいては選手会を除名されたとしても、それは、選手会がその「会員数適正化に関する規程」において会長の退職勧告を被告のする出場停止処分を契機としてするものと定め、この規程に従って、選手会の会長が退職勧告をし、さらに除名の行為をしたことによるものであって、本件除名が本件処分の当然の法的効果として発生するものということはできない。したがって、原告が本件処分の取消しによって回復すべき法律上の利益として主張する、本件処分を契機として選手会から除名されたこと自体の不利益及び右除名されたために被る種々の不利益、たとえば共済規程上の各種給付金及び退職金の支給を受けられなくなるなどの不利益は、行政処分たる本件処分によって直接侵害された権利、利益ということができず、これをもって本件処分の取消しを求める法律上の利益を基礎づけることはできないものといわなければならない。

そして、民法上の社団法人である選手会がその自治規範として「会員数の適正化に関する規程」を定め、そのなかにおいて本件のような除名について規定しているものである以上、この除名によって被る不利益は、右除名の効力を争い選手会の会員たる地位の確認を求める民事訴訟において回復されるべき利益であるというべきであり、その際、除名の効力を争う者は、右除名がされた契機である被告による出場停止処分が適法にされたものであるかどうかをその訴訟中において争うことができるものというべきである。けだし、自治規範である「会員数の適正化に関する規程」の合理的な解釈として、同規程は、適法な出場停止処分がされ、その出場停止期間の合計が六か月以上となった場合にはじめて、会長は退職の勧告を行い、これに従わない会員に対してこれを除名することができると規定しているものと解すべきであり、したがって、違法な出場停止処分がされたにもかかわらず、これを契機として除名がされた場合には、この除名は右「会員数の適正化に関する規程」に基づかないでされた無効なものであるとして、その無効を前提として選手会の会員たる地位の確認を求めることができるものと解すべきであるからである。換言すれば、民事訴訟として提起された除名の無効を前提とする選手会の会員たる地位の確認を求める訴えにおいては、裁判所は、行政処分としてされた出場停止処分が裁判所の判決によって取り消されたかどうかにかかわらず、右出場停止処分の適法性について判断し、それが違法な場合には、これを契機としてされた除名を無効として選手会の会員たる地位を確認することができるものというべきであり、これは、行政処分の違法を理由に国家賠償を請求する場合には、当該行政処分が裁判所の判決によって取り消されることを要しないとされているのと軌を一にするものというべきである。

三  以上によれば、原告は、本件処分の取消しを求める法律上の利益を有しないものといわなければならない。

四  よって、本件訴えは不適法であるからこれを却下し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宍戸達德 裁判官 小磯武男 金子順一)

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